客観的に、この人は想像力が豊かだな、と思わせる人がいる。
さて、この人は特別な才能があるのか?
生まれつきもっている特別な能力なのだろうか?
特別な才能だから、自分には無理だな、というのが正しいのか?

短絡的な結論を出す前に、言葉の定義から確認していこう。
そもそも想像力が豊かな人、とはなんなのか?

ここでは、一般的な想像を超える想像を持つ人、ということにしよう。
では、一般的な想像とはなんなのか?
これは多くの場合、自分を基準にして考える。

そうすると、あなたの想像できる範囲が一般的になる。
ということは、あなた以外の人は必然的に、想像力が豊かな人、にならないだろうか?

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答えは、イエス。
多くの人が、このメカニズムで他者を、想像力が豊かな人、と評価する。
そうすると、自分は想像力が豊かな人でない、という自己評価を作ることになる。

話はずれるが、そうなると自分の自己評価は下がり続けることになる。
なので、この考え方のメカニズムを受け入れるのはよくない。
なぜなら、自己評価を下げるうえに、そもそも間違った考え方である。

想像力が豊かな人、というのは基準が曖昧であるがゆえに、
その言葉自体はあくまでも他者からの客観的評価でしかない。

なので、想像力が豊かな人、というのがポジティブな言葉である場合、
少なくとも自分自身を想像力が豊かな人、という評価にしよう。

客観的評価はあくまでも個々が自由に設定できる評価である。
自分自身が損をしないように工夫して評価してみよう。

そうすることで、想像力が豊かな人、というのは実質的にも現実になる。
想像力が豊かな人は、多くの部分情報を脳に持っている。
部分情報を持つ量が他人よりも多い人が、想像力が豊かな人、と評される可能性が高い。

あなた自身を、想像力が豊かな人、と評した瞬間から、
あなたは無意識的にも、部分情報を集める工夫をすることになる。

具体的には、情報に対する執着になる。
普段よりもインプット量が増えていく。
今の時代は、インプットの手段は多く、費用をかけず取得することができる。

  • 書籍による読書
  • インターネットによるSNS
  • 各種メディアからの情報

あなたは、どんなインプットをしているだろうか?
どんなインプットでも構わない、大事なのは自己評価。
あなたが想像力豊かな人と認識した瞬間から、情報は集まってくる。

想像力が豊かな人は、その認識への自己評価が他人よりも高いのである。
さぁ、今から自分自身への評価を見直してみよう。

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